8. バック・トゥ・ザ・フューチャー
パーキンソン病を抱えた著名人は、米国だとモハメド・アリ(カシアスクレイ)、マイケル・J・フォックスです。後者は今も闘病しながら、パーキンソン病の研究と治療法の確立等のための財団組織をつくり、尽力しています。
私が映画の中のマイケルを知ったのは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)でした。霞が関近くの映画館で平日昼間、鑑賞したことをおぼろげに覚えています。小柄な青年が過去と現代を行き来するSFに思わず引き込まれてしまいました。
当時の私は四全総(第4次全国総合開発計画)の担当をしていて、連日、他省庁の麻雀仲間たちと国土庁で過ごしていました。終電を逃した日は何度も「ホテル国土庁」に宿泊したものです。国のこと、国の礎を考えるきっかけをつくってくれた四全総。ここに勤めた4年間こそ私の宝※1で、今の活動――農業と国土への活動に継承されていると思います。過去のすべての行状と出逢いが後の自分につながり、かかわり、形づくっていくものだと痛感しています。
話は戻って、マイケル・J・フォックス。
マイケルの偉業は、その著作『ラッキーマン』『いつも上を向いて』『マイケル・J・フォックスの贈る言葉』の読後に紹介するつもりですが、私なりに母の病状を見てきた中で、この難病がもたらす苦しみは、本人しかわからないとてつもない不安と歯がゆさと、怒りがあるのではないかと思っています。せめて寄り添い、その痛みを軽減できるよう、できることを見つけながらやっていく。それが残された自分の使命だとも思っています。
今後、少しずつ専門的なパーキンソン病を学んでいき、同病と闘っておられる多くの方々へ役立つメッセージを探し出し、綴っていくつもりです。
※1 国鉄総裁高木文雄さんや国土計画のドン下河辺敦さん(国土庁事務次官)の薫陶をうけたのもこの頃で、特に下河辺さんには以後20年以上にわたってご指導を得ました。
