21. 道を誤ってしまいましたね
私が農学部を選んだ一つの理由は高校2年のときに読んだ二冊の本でした。
大牟羅良『ものいわぬ農民』(岩波新書)と、原田津『都市よ驕るな』(サイマル出版)です。
前者は岩手県の南部藩が舞台となっていましたが、私の赴任地は南部藩エリア(青森県S村)で、2年ほど暮らしました。そこで暮らす人たちの精神性は岩波新書の世界とほとんど同じだったと思います。マタギとして冬を暮らしていた定期作業員から、大学では教わらなかった山のことをいくつも教えてもらいました。
「山では(危険だから)走るな。歩け」
「鷹が飛び立ったら、その場所には獲物のヤマドリが残っている…」
「アナグマがいる。煙でいぶし出せば捕まえられる」
ツキノワグマと遭遇し、至近距離で対峙したこともありました。
農水省本省では著者の原田津さんと逢う機会があり、「先生の著作に感激して農学部を志望しました」と話したら、原田さんから「道を誤ってしまいましたね」と、やさしく返されました。
でも今、農学部と農水省を選んでよかったなと思っています。
仕事でお相手してくださった方々や職場の方たちが本当によかったからです。
自然を相手にする仕事なので、「絶対」はお約束できませんし、必ず誤差が生じます。いかんともしがたい自然の力を借りなければ成り立たない産業が一次産業です。コントロールできない要素をわかりつつ、人の限界もわかりつつ、しかしそのことも加味しながら仕事を進めていく。そういう世界に入り、長年従事できて幸運でした。
今も一次産業やっていますが、心配は尽きません。
でも、思うようにならないのが農業です。今年の作柄、収穫量、それが見通せませんし、もちろんどれだけ売れるかもわかりません。諦めをもつことが必要ですし、執念みたいにこだわらなければならないのも農業です。

